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佐野瑛厘がさまざまなジャンルの友人・知人を迎えて、スペシャルなトークをお届けします。
第5回は、「Kalapana(カラパナ)」ベーシスト Mr.kenji Sanoです。
E:佐野瑛厘、K:Mr.Kenji Sano)
ビートルズの衝撃で目覚めた人生
E: さて今日は、すごい人をお迎えしちゃいました。なんだかこれまでで一番やり辛いというか、やり良いというか…。
K: ハハハ。 Kenji Sano
E: 聞かなくても知ってることが大半だったりするんですが。えー、今日はですね。来日中の私の兄Kenji Sanoにインタビューしてみたいと思います。お兄ちゃんよろしくです。
K: どうぞよろしくお願いします。
E: お兄ちゃんは、ハワイの元祖サーフロックバンド
「Kalapana(カラパナ)」のベーシストでもあり、安室奈美恵さんやEXILEのサウンドプロデューサー兼ミュージックディレクターでもあり、普段はロサンゼルスに住んでいるのですが、この5月からEXILEのツアーもあったりということで、ロスと日本を行ったり来たりなんですよね…。
えー、なんか、変な汗かいてきちゃってます。
K: ハッハハハ。  
  (クシュン!) Kenji Sano and Andy
E: えっと、変な声がしてますが、今日はアンディも同行しております。
K: アンディいまーす。
E: ではまず、お兄ちゃんが音楽に目覚めたのは…?
K: もうビートルズですね。えっとそれは太古の昔、10歳のときかな。その頃の友達…まあ友達って言ってもみんな年上だったんだけど、彼らがビートルズを聴いてて、そして僕をビートルズの映画「A Hard Day's Night(邦題:ビートルズがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ! )」に連れてってくれたの。もうそれで目覚めたっていうか、人生変わったみたいな。
E: ショックを受けたと。何がどう違ってたの?今まで見ていたものと。
K: まず映画館の中が95%くらい女性だったことが衝撃で。そして僕は端っこのほうに座らされたんだけど、映画がスタートすると同時にいきなり女の子たちが「キャー!!」って。もう、すごい!映画なのにね。それで「なんじゃこれー!カッコええなぁ〜!」と。
E: それでその映画を見て、最初はどうしようと思ったの?歌?楽器?音楽を聴こうと?
K: まず、エレキギターを欲しい思って、もう次の日に買いに行ったね。
E: 10歳にしてエレキ。
K: そうそう。まあ買いに行ったというか、おねだりをしたわけなんだけどね。「俺、エレキ欲しいねん」って。ハハハ。でもその頃ってのは今みたいに楽器店ってのが無くて、大丸に行って買ってもらいましたね。
E: 神戸の大丸?
K: そう。なんでデパートやねんって思われるかもしれないけど、そういう時代でしたから。
E: そうなんだー。パパはオモチャを与えるような感覚だったのかな。
K: そう!全然普通にね。3wとか5wとかのちっちゃーいアンプも買ってもらって、めっちゃくちゃ嬉しかったね。
E: 今はベーシストだけど、最初はギターだったんだ。で、ベースに移ったのは?
K: その頃はベーシストってのがまだ少なかったんだよね。みんなギターばっかりで。それでもPaul McCartney(ポール・マッカートニー)が好きだったし、ベースをやりたいって思ったのがその1年後くらいだったかな。「ベースも欲しい!」って言って。それでベースも買ってもらったと(笑)
E: (笑)
K: だけどベースばかりやってたわけじゃなくて、やっぱりギターがメインで、ベースもたまに弾くという感じだったね。だけどやっぱり、自分で言ったらおかしいけど、音楽のセンス的にはベースの方が俺に向いてたみたい。
E: なるほど。最初に手にした楽器が10歳のときのエレキギターで、その1年後にベース、もちろん最初は自分で練習した…んだよね?
K: そう、何もわからずに単に弾いてるだけみたいなね。
E: それで初めて組んだバンドとかは?
K: それはもう即だった。僕がギターを持ってるってことがわかったら、その年上の連中たちが「バンド入れやー」って。
E: いくつくらい上の人たち?
K: ひとつとかふたつ…。あ、でも一番上の人は俺が小学生のときにもう高校生だったかな。
E: 幅広い友達だなぁ〜。
K: ハハハ。ほら、インターナショナルスクールで規模が小さかったからね。それでライブっていうか、なんかパーティーみたいなので演奏したんだけど、全然弾けなくて、まあ音は出してたんだけど、ちゃんと曲を演奏していたっていう記憶は無いね。
E: そうなんだ。じゃあ初めて人前で演奏した曲とか覚えてないんだ。
K: んー、覚えてないね。
Eri and Andy E:
どんな昔なの?(笑)
K:
まあ大昔だし、それに人前と言っても「この曲でーす」っていう感じじゃなくて、こう俺たちがやってるところに人が見に来るって感じで。だからこう、あの曲を弾いたっていうイメージは無いね。
E:
私の中では、もう物心ついた頃にはお兄ちゃんは音楽やってたからなー。いつも必ずなんか楽器を弾いてたり、まあ家自体が賑やか家だったからね。誰かがいつも歌ってたりね。
K:
確かにね。夜な夜なね。
E:
そういう家族だったからね。
K:
そうだねー。

音楽は趣味。のはずがやっぱり・・・
E: そうやってバンドをやり始めて、プロになろうと思ったのは?
K: いや最初はそうじゃなかったんだ。16歳の時だったかな。既にちょっとお仕事で音楽をやってたりはしたんだけど、日本でグループサウンズをやってた人たちに「kenjiは英語も喋れるし、ボーカルで入れ」って言われてね。でも「僕は大学へ行くから」って言って断ったんだ。その時は俺の中ではスポーツがメインだったから、野球やりたかったし、フットボールもやってたし。 「ありがとうございます、でも大学行きます」って。ほら、その頃の日本の業界って、典型的なTHE芸能界で、あんまり好きじゃなかったというのもあってね…。そしてアメリカの大学へ行ったんだけど、スポーツで壁にぶつかって限界感じて…。それで卒業して仕事を1、2年くらいやった頃かな。「やっぱり音楽やろう」って思って。 Kenji Sano, Eri and Andy
  そこで、趣味だったものが自然と人生のメインに変わっていったという感じかな。
E: でも、すぐに音楽で食べていけるようになったわけではないよね?
K: ではないですねー。下積みありましたよ。しかも親父がああいうタイプだったから…。ああいうタイプって言ってもわからないか(笑)
E: 私はわかるけど(笑)
K: こうデーンと構えて「おう、好きにやっとけ、その代わり30までやってダメだったらすぐにヤメロ」って言われてね。
E: 父はビジネスマンだったからね…。
K: でもまあそうやって一応頑張ってみろ!みたいな感じで。それで「頑張るわ〜」って。でも「こっち(アメリカ)でちゃんとしてからでないと、俺日本に帰れへんから。」みたいなちょっとイイカッコして。
それから6年かかって、Kalapana(カラパナ)に入って、デビューして、それで初めて来日できたみたいな感じかな。
E: 既にハワイのサーフロックバンドの大御所だったKalapanaには、再結成の時にお兄ちゃんは入ったというか、再結成のきっかけを作ったわけだよね。
Kenji Sano K:
まあそんな感じかな。それが1983(S58)年かな。
E:
Kalapanaへ入ったきっかけは?
K:
下積み時代はマウイから来てたMaurice Bega(モーリス・ベガ)ってやつと、ロスで一緒にバンドをやってて。それでモーリスが、たまたまお休みで故郷に帰った時に、その時点ではKalapanaとしての活動は辞めて、自分のバンドをやったりソロで歌ったりしてたMackey Feary(マッキー・フェアリー)と会ったのよ。それでモーリスが音をマッキーに聞かせたら、マッキーが俺たちのバンドに入りたいって。
E:
逆に入りたいって?
K:
そう、俺たちのバンドに入りたいって言い出して。
E:
それがNite Life(ナイトライフ)?
K: そうナイトライフ。最初の名前はShine(シャイン)だったんだけど、日本でもデビューするためには「SHINE」は「死ね」とも読めるし、「社員」と思われるのも…ということで「ナイトライフ」に変えたんだよね。でもナイトライフだと昼間は活動できないみたいなね(笑)
E: あはは。
K: それでマッキーが入って活動し始めて、アルバムを出して、それでこう俺たちが乗ってきた時に、Kalapana再結成のどデカイコンサートをやろうという話があったんだ。マッキーには「もちろんやったほうがいいよ」って言ってね。それで俺たちはその前座で出て、その後にKalapanaがやったわけ。そしたら今度はツアーに出るってことになって。それで「kenjiお前もうKalapana入れ」って言われたんだけど、俺は「どうせあんたたちはケンカしてすぐKalapanaは終わるだろうから嫌だ」って言ったんだ。
E: う〜ん…。
K: それでも、プロデューサー兼ベーシストで入れって言われて。僕は「じゃあアルバムもちゃんとやって、ハワイだけじゃなくてウエストコーストも、日本も、ちゃんとツアーをやるんであればやりがいあるし、やろうよ」って言って、Kalapanaに入ったんだ。
E: あちこちに待ってるファンも多いしね。
K: じゃあそうしようってことで、それからなんと24年目。
E: そうだよねぇ。最初のKalapanaが結成されてからはもう…。
K: 32年目だね。
E: 一昨年には結成30周年ライブが東京、大阪、そしてここ名古屋でもありましたしね。
そのKalapanaのベーシストとして、今も活動は年に数回やってるよね。
K: やってます。フィリピンやグアム、サイパンと…。
E: フィリピンではもう大スター扱いですよね。
K: いやもう、フィリピンはホントスゴイっすよ。護衛車とかついてますよ。
E: ビックリ!まあそんなKalapanaもやりながら、他のアーティストのプロデュースも手がけてるわけですよね。

人との出会いが人生をより濃くより深く
E: その他にも、ロスの下積み時代に知り合ったミュージシャンとかとの交流はあるの? Kenji Sano, Eri and Andy
K: もうずっとそのまま。ロスでずっと下積みをできたのはラッキーだったね。そこそこ仕事をやり始めてからも、ロスのローカルのトップミュージシャンと交流があったから、僕がプロデュースしたものを演奏してくれたり、そしてJay Graydon(ジェイ・グレイドン)みたいな大御所ギタリストのプロデューサーとして一緒にツアーに出たりできたね。
E: あれはAOR好きな私としてはすごくうれしいライブだった。
K: あれはちょっとビビッたっすね(笑)
E: ジェイ・グレイドンとBill Champlin(ビル・チャンプリン)とJoseph Williams(ジョセフ・ウイリアムス)…そういった大御所とツアーをして、もちろん日本だけじゃなくね。
K: ヨーロッパも行きましたね。
E: すーごーいーなーって改めて。身内で褒めあってどうするんだって感じなんですけれども。他にもお兄ちゃんがプロデュースしたミュージシャンってのは?
K: モーリスのアルバムとか、ハワイの新しいアーティストを世に送り出したりだとか…あとは大体日本のアーティストだね。Minako Obataさんだとか…。角松敏生さんと一緒にvocalandてのもやったし。
E: あー、懐かしいvocaland。
K: いろいろそんな感じの仕事やってましてね。
E: その角松敏生さんとの出会いは?
K: 出会いのきっかけは中山美穂ちゃんです。
E: 確かそのとき「今度変わった名前の奴と仕事すんねん」ってお兄ちゃんが言っててね。
K: そう「なんかごっつカッコエエ曲やってる角松敏生って言うねんけどー」って。僕は知らなかってね。
E: 私は大ファンで。角松さんのアルバム持ち出してこの人だよ!お兄ちゃん!って。
K: エー!?みたいなね。
E: それもまた変な話で。今では。
K: もう大の親友で。
E: DJの仕事始めてからは、私もインタビューとかで新譜のPRやライブの宣伝とかさせてもらってますけど。
Kenji Sano, Eri and Andy K:
逆に瑛厘のほうが会ってるよね。
E:
それから矢沢永吉さん。
K:
やりましたねー。
E:
あれは何年前?
K:
あれはもう7年前かな。最高ですよね、矢沢さんは。ヤバいっすね。もう、男としてもそうだし、アーティストとしてもそうだし、生き様がもうすごいっていう。やっぱり「スゴイ」っていう言葉が合うね。先輩なんだけどほら同世代だし。そらカッコイイよ。カッコよすぎる。それにやってることも音楽的にもすばらしい。そりゃこんだけ長続きしてるんだから。特にスゴイのはこう、自分自身をYAZAWAって呼んでね。第三者的に見てあそこまでやってる人は他にいない。
E: すごくこう自分を冷静に客観的に見るっていうこと…?
K: それがもうスゴイ。
E: それって安室さんにも通ずるところがあるんじゃ?
K: そう、同じようなもんだね。同性に人気があるってのも通じる部分だね。
E: そもそもどうやって出会うの?矢沢永吉さんとか。
K: えっと18年くらい前かな。彼のバックでやってたドラマーが僕のアメリカンスクールの後輩で、矢沢さんが一番最初にアメリカに来られてた頃に一回お会いしてたんだけど。それからしばらくたって、8年前くらいに「朝寝坊」っていう行きつけの店でね。。
E: 「朝寝坊」!懐かしいなぁ。美味しいんだよね・・。
K: その店に矢沢さんがいて、矢沢さんはそこのオーナーと古い友達で、僕もそのオーナーと友達で、再会してそっからすごく仲良くなっちゃったんだよね。お互いルーツがビートルズということもあってね。それで、それまでは僕はお酒飲めなかったけど…。
E: そうそう、遅咲きなのお兄ちゃん。
K: そうなんですよ。酒歴8年みたいな(笑)。おっそ!あはは。だけど今は矢沢さんのおかげで酒豪だよ。

アーティストの持つ才能をさらに引き出す楽しさ
E: そうやっていろんな人との出会いがあって、ミュージシャンとして人生が大きく変わったんじゃない? Kenji Sano
K: 変わる変わる!安室奈美恵ちゃんとの出会いもそうだし、矢沢さんとの出会いもそうだし、ジェイもそうだし、バンドのメンバーもそうだし。僕の人生ってそういう出会いでこう変わりながらprogress(前進)していくみたいな感じだね。ラッキーにもKalapanaに入って、メインのメンバーとしてもやってきたし、自分がアーティストとしてもやってきたけど、今は矢沢さんのバックでやるとかジェイのバックでやるとか、奈美恵ちゃんとかEXILEのバックとか、そのアーティストが一番良い形で、perform(上演)できるのをバックアップすることにをすごく生きがいを感じてるし、プライドも持っ
  てる。EXILE脱退したSHUN(清木場俊介)もやっぱり次世代のスターになれる奴だし、ホントそういう出会いがあって、出会ったアーティストのバックでどうやったら彼らを一番輝かせることができるか…。形として音として聞かせ方を手がけてて、今すごい誇りをもってenjoyしてますよ。
E: そうだね。Kalapanaってのはライブハウス系で、easyな感じでユルーい感じで、一瞬にしてライブハウスがハワイになるという、暖かい感じのなかのお兄ちゃんもお兄ちゃんだし、ジェイグレイドンみたいな本当にビッグな大御所のギタリストとホールでツアーしてるお兄ちゃんもお兄ちゃんだし…。矢沢さんのライブのときも「オオ!」って感じだし、もちろん安室ちゃん…。そういえば安室ちゃんに何て呼ばれてるんだっけ?(笑)
K: 「ジイ」。たまに「ジイジイ」(笑)。
E: EXILEのときは呼び方違うよね。
K: あっちは「キャプテン!」ですね。まあ、奈美恵ちゃんは切っても切れない10年来の繋がりなんだけれども、仕事相手として以上にね、アーティストとしてすっげえ尊敬してるし、日本を代表するアーティストだと思ってる。それで彼女も俺に頼ってくれてるし。何ていうかな、give and takeのrelationshipがすごくいいんだよね。彼女はもう15周年でアリーナツアーもやったし、これは日本の業界でいうとありえない現象なんだよね。
E: 一回休業されてますもんね。
K: そう、一回産休に入ってね。普通だったらそこからホールやりながら市民会館系やりながら、だんだんこうディナーショーみたいになっていくんだけど。逆に彼女の場合はチャレンジしてて、自分をもっとこう上へ上へと考えてて。産休から出てきてアリーナやって、また1年休んで、ホールずっとやって、去年またアリーナやって、しかもそれがAll Soldoutだし。もうすごいよね。しかも彼女の場合はライブのDVDが売れるのね。
E: でもそれわかるような気がする。
K: それはすごいことだよ。
E: 妹としてもとっても嬉しい。でも、こうステレオタイプじゃないんだけど、最初はやっぱり結構言われたんじゃないですか?「なんで安室ちゃん?」という…。
K: 奈美恵ちゃんは最初、日本でいう典型的なアイドルという見せ方だったでしょ。そこでKalapanaやって、AOR系もやってるKenji Sanoが、なんで安室奈美恵をやってるんですか?みたいな、そういうのがすごくあって、ミュージシャンの間でもあった。だけど数年後には、そう言ってた人たちが、他のアイドルのバックやってたりとかね。
E: それって何だろ。お兄ちゃんを見てそれをやったじゃないけど…。
Kenji Sano K: まあ、そういうのも全然ありなんだって。ジャズをやってる人は違うだろと思うけど、そうじゃないポップジャンルをやってる人だと、アメリカだったら自分がやりたいって思うアーティストとは誰とでも仕事やってるし、僕にしてみたら全然誰がアイドルでどうだからとかじゃなくて。その人の音楽聞いて、これはちょっとチャレンジだな、これやってみたいと思うわけ。その時安室ちゃんはもうユーロビートじゃくて、ユーロビートから変わっていくときだったからね。だからやりがいあったし。しかも、バンド任されたんでね。だから彼女を音楽的に次のステップに持っていくためにも、俺がやりたいと思ったからね。だからバッシングっていうか、何か言われても、別に…だったね。でも考えたけどね、何でみんなそう言うのかなぁって。でも、落ち込んで飯も食えないってことはなかったね。どんどん食ってたし。
E: まあ自分が決めたことだしって言うことで。
K: そうだね、一番太ってたしその頃。
E: 何を言われても平気だったんだね。そうそう、でも安室ちゃんのライブツアーに出るようになってから、「ジイ」と呼ばれたのがだいぶ癪に障ったのか知らないけど、ジイとは呼ばせないぞという感じになってきたよね。安室ちゃんのライブのDVDとか見てても、よくお兄ちゃん出てくるよね。たぶん安室ちゃんのファンは、最初の頃は「誰この人?」って思われてたんじゃないの?。
K: そうそう、知らない人は「あの人誰ですかー?」ってね。

夢はKenji Sano produced by Eri Sano!?
E: お兄ちゃんはこの業界に入って長いんだけど、私がこの仕事を始めたときどう思った?正直あの頃は時間がなかなか合わなくてお互いに。私はまだバイトしてたし、同じマンションに住んでたのに、お互いの寝顔しか見られないという状態で。 Eri and Andy
K: そうだったね、あーその頃だよねぇ。
E: でまあ、ひょんなことからラジオをやらせてもらえるようになって。
K: 素晴らしい。俺すごいいいと思ったよ。瑛厘はほら、喋るの好きだし、音楽もめちゃくちゃよく知ってるし。
E: お兄ちゃんのおかげでね。
K: だからもう全然心配なく、むしろ向いてたよね。
E: その時ね、どうやったらなれるんだろうといった感じの仕事に就くことができて、舞い上がってた私にお兄ちゃんからもらったメモがあってそこに「おめでとう but please remember always be humble!」って書いてあって、それでもう「はっ!」っと思って。いまだにその言葉を胸に秘めてます。ちなみにhumbleというのは謙虚にって意味で、常に謙虚さを忘れないでくれということで、嬉しかったです。
K: 何の仕事をやっててもそうだけど、まず人間としてねそうだと思ったし、僕もそりゃ一時期「イエーイ」ってなってたから、今考えたらもうね…。だからですよ。
E: なんか気持ち悪いねこのインタビュー、兄弟で褒め合っててね(笑)
Kenji Sano and Eri Sano E:
それで、お兄ちゃんの今後の夢というか目標は?
K:
目標ですか?てんこもりあるんですよまだまだ。。
E:
例えば?
K:
どっからスタートしよっかな。まずはどこかのポイントで、ソロのアルバム出そうと思ってるんだよね。それはもうずっとdevelopしてて、アイデアもコンセプトももうできてるんだけどね。それをもう実現させなきゃって思ってるし…。
そしてKalapanaもあるしね。それに奈美恵ちゃんをアメリカに進出させて、次の段階のEXILEも、もっとデカくしたい。清木場俊介ももっとね。矢沢さんは、もうガンガンいくからいいとして。あとは夢としてはもう一回ジェイたちと、オールスターバンドでやりたいなと。
E: 楽しそうだなーそれは。
K: でも夢じゃないよな…。夢というよりはやらなきゃいけない〜みたいな感じかな。やっぱり待ってる人もいるからね。夢はソロを出して、ライブハウス回りとかやって、本当に俺のことを知ってる人が集まって「イエーイ」みたいな。
E: Kalapanaの東京でのライブには、お客さんとして角松さんは来るわ、杉山清貴さんにLyricoちゃんも、奈美恵ちゃんも来るわですごかったね、あの時ね。
K: それにTUBEの角野くんとか、彼たちはいつも来てくれるんだよね。
E:
TUBEはジェイ・グレイドンのライブの時もだよね。
K: そうそう来てくれたし。
E: なんかお客さんとして普通のお兄ちゃんになってましたよね。
K: そうすっげえファンでいてくれるからね。
E:
私のところに来て「通訳して」って「紹介して」って言われて(笑)。
K: もうすっげぇ楽しいっすよ。
Kenji Sano, Eri and Andy E: やっぱり、そういうお兄ちゃんの雰囲気に人が集まってくるっていうかね。なんかすごくこう人が集まるの。
K: 俺んちも人がしょっちゅう来てるし、いいんじゃないですか、みんなイエーイでいられるから。enjoyできるから。
E: じゃあ今度私もそのイエーイに乗っかるかな。
K: OK!
E: じゃあ夢のなかの一つに入れて欲しいんだけど、私も作詞するんでメロディーつけてよ。
K: おー!いいんじゃない? OK、OK、いいんじゃない?
E: 「ジィのイエーイ」ってタイトルで(笑)
K: あはは。夏に向いてるねそれ。
E: まあそんなコラボも頭のすみっこに入れといてもらって。まあ以前ラジオとテレビでもやってるんだけど、今日はその夢のなかのひとつである、お兄ちゃんへのインタビューをすることができました。またパート2でもっと濃い話をという感じで、今回はさわりということで。ということで今度のライブも頑張って。
K: ありがとう!瑛厘も頑張って!
E: はあーい。
K: よろしく!
 
(取材/文・Toppy
Kenji Sano Works
・Kalapana(http://www.kalapanamusic.com
 7/1 kalapana セルフカバーアルバム「Many Classics」リリース予定。
 8月には2年ぶりの来日公演予定。

・EXILE(http://exile.jp
 EXILE LIVE TOUR 2007「EXILE EVOLUTION」
 5/11さいたまスーパーアリーナを皮切りに全国ツアーがスタート。
 5/25〜27 日本ガイシスポーツプラザ(旧・名古屋市総合体育館レインボーホール)

・安室 奈美恵(http://www.avexnet.or.jp/amuro/
 namie amuro Live Tour2007
  8/18 市原市市民会館を皮切りに全国ツアーがスタート。
 8/26 豊橋勤労福祉会館  11/10 三重県文化会館
 11/11 長良川国際会議場  12/12〜13 名古屋市民会館大ホール
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